もし、あなたの大切な家族が ME/CFS(慢性疲労症候群)と診断されたなら。あるいは、原因の分からない強い疲れで寝込みがちなら。きっと今、こう感じているのではないでしょうか。

「励ましたいのに、何を言っても顔が曇る。私の言葉が、傷つけているのかもしれない」
その戸惑いは自然なことです。良かれと思った一言が相手を沈ませる理由が、読むと少し見えてきます。

「元気そうに見える日もある。本当に病気なのかと疑ってしまう自分が、嫌になる」
そう思う自分を責めないでください。”見た目と中身のギャップ”はこの病気の最もつらい特徴で、あなたのせいではありません。

「本当はどんな気持ちなのか聞きたい。でも、負担になりそうで聞けない」
その優しさがいちばん大切です。だからこの記事では、本人が口にできない心の中を、当事者の私が代わりに書きました。

私は10年の原因不明の不調を経て ME/CFS と診断された当事者で、日々の経過を正直に発信しています。

この記事では、なぜ家族に理解されにくいのか、本人は本当はどう感じているのか、つい言いがちな”かけてはいけない言葉”、そして今日からできる接し方までをお伝えします。

結論からお伝えすると、必要なのは完璧な接し方ではありません。「治そう」とせず、ただ「信じて、そばで見守る」こと。それだけで、本人の心はずいぶん軽くなります。ぜひ最後までお読みください。

ME/CFSが家族に理解されにくい、3つの理由

ME/CFSが家族に理解されにくいのには、はっきりとした理由があります。本人がわがままだからでも、あなたの理解力が足りないからでもありません。この病気には、家族を戸惑わせる特有の性質が3つあるからです。まずそれを知ることが、接し方を考える出発点になります。

“元気そうに見える”のに、なぜ寝込むのか

家族をいちばん混乱させるのが、調子の波の大きさです。昨日は一緒に買い物に行けたのに、今日は起き上がれない。そんなことが、ふつうに起こります。

ME/CFSは、骨折のように外から見て分かる病気ではありません。だから、調子の良い時間だけを見た人は「治ったのかな」と思い、寝込む姿を見た人は「気分屋なのかな」と感じてしまいます。

でも、その落差こそが症状そのものです。元気そうに見えるだけで、本当に治ったわけではありません。本人は限られた力をやりくりして、なんとか動いているだけのことが多いのです。

本人も、自分の疲れをうまく言葉にできない

「どこがつらいの?」と聞いても、本人がうまく答えられないことがあります。これも、理解を難しくする一因です。

ME/CFSの疲れには、労作後倦怠感(PEM)という特徴があります。これは、動いたその場ではなく、数時間から数日たってから強い不調が遅れて押し寄せる症状のことです。

つまり本人も、「何が」「いつ」効いて寝込むのかを、はっきりとは説明できません。説明できないことを、家族にだけ分かってもらうのは、なおさら難しいのです。

「甘えかも」と疑ってしまう自分を、責めなくていい

ここまで読んで、ドキッとした方もいるかもしれません。「正直、甘えなのではと思ってしまう瞬間がある」と。

その気持ちは、責める必要のないものです。見た目が元気な日があれば、誰だって揺らぎます。むしろ、揺らぎながらも理解しようとしているからこそ、あなたは今この記事を読んでいるはずです。

ひとつだけお願いがあります。つらさの感じ方は本人にしか分かりません。だからこそ、自己判断で「大げさだ」と決めつけず、まだ診断がついていなければ、一度ME/CFSに詳しい専門医に相談してみてください。それが、家族みんなの安心につながります。

当事者の私が、本当はどう感じているか(家族には言えない本音)

ここからは、当事者である私自身の心の中を、できるだけ正直にお話しします。すべての人に当てはまるわけではありませんが、本人が口に出せずにいる気持ちの、一つの例として読んでいただけたらと思います。

「動けるのに、あえて動かない」日の、こころの葛藤

調子の良い日は、私にもあります。でもそんな日ほど、私は「あえて動かない」という選択をしています。家族から見れば、いちばん理解しづらい行動かもしれません。

理由は、ここで動きすぎると、数日後に必ず寝込むからです。だから私は、元気な日こそ7割で止めて、力を残して一日を終えます。これはペーシングという考え方で、悪化を防ぐための自己管理です。

でも本音を言えば、止めるのはとても苦しいです。「今ならできるのに」というムズムズを、毎回ぐっとこらえています。サボっているのではなく、未来の自分を守るために、必死でブレーキを踏んでいます。

だから家族のあなたには、「動けるのに動かない」を、怠けではなく賢い我慢だと知っておいてほしいのです。

心配の言葉が、ときに刃に変わってしまう瞬間

これはとても言いにくいのですが、家族の心配の言葉に、ふと気持ちが沈んでしまう瞬間があります。悪気がないと分かっているから、なおさら言い出せません。

たとえば「少しは動いたら?」という一言。健康を願う優しさだと、頭では分かっています。それでも沈んでしまうのは、その言葉から「やっぱり分かってもらえていないんだ」と感じてしまうからです。

そして、もう一つ正直な気持ちがあります。ME/CFSの私は、強い倦怠感の中で、社会ではできるだけ余計なやりとりを避けて生きています。会話そのものが、体力を削るからです。

なのに、いちばん安心できるはずの家族にまで、自分の状態を説明し、誤解を解く労力を使わなければならない。そう感じたとき、言葉にならない、がっかりとした徒労感が押し寄せます。

だから家族のあなたには、励ます前に、まず「つらいよね」と気持ちをそのまま受け止めてほしいのです。本人に説明させずに済むこと自体が、大きなやさしさになります。

それでも、そばにいてほしい——という矛盾した気持ち

ここまで読むと、「では、そっとしておけばいいのか」と思われるかもしれません。でも、ここが本当に難しいところです。

放っておいてほしいわけでは、決してありません。心配の言葉に傷つく日もあるのに、誰もいなくなると、今度はとてつもなく心細くなる。そんな矛盾した気持ちを、いつも抱えています。

求めているのは、励ましでも、過剰な気づかいでもありません。ただ、特別なことをせずに、いつもどおり同じ空間にいてくれること。それが、何よりの支えになります。

だから家族のあなたには、無理に元気づけようとしなくて大丈夫だと伝えたいです。そばにいてくれるだけで、その存在はもう十分に届いています。

ME/CFSの家族が、つい言いがちな”かけてはいけない言葉”3つ

ここでは、家族がよかれと思って言いがちなのに、本人を遠ざけてしまう言葉を3つ挙げます。どれも優しさから出る言葉です。だから、責めるためではなく、「少し言い換えるだけで届き方が変わる」という視点で読んでください。

「みんな疲れてるよ」

これは、共感のつもりで出る言葉です。「あなただけじゃないよ」と、孤独をやわらげようとして言うのだと思います。

でも、健康な人の「疲れた」と、ME/CFSの倦怠感は、まったく別物です。一晩寝れば回復する疲れと、何日寝ても抜けない不調を、同じ土俵で比べられると、本人は「やっぱり分かってもらえない」と感じます。

共感のつもりの比較が、かえって孤独を深めてしまう。これは、本人がいちばん言われたくない言葉の一つです。

言い換えるなら:「私には想像しきれないくらい、つらいんだろうね」

「少しは動いたほうがいいよ」

次に多い励ましが、これかもしれません。体力が落ちないように、という心配からの言葉です。

でもME/CFSでは、無理に動くと、数日後にかえって寝込むことがあります。だからこの一言は、本人にとって「逆方向にアクセルを踏んで」と言われているように感じられます。

しかも本人は、動きたいのに動けない自分を、誰よりも責めています。そこへ「動いて」と言われると、責め苦が重なってしまうのです。

言い換えるなら:「無理しないでね。動けるときに、少しずつで大丈夫だよ」

「本でも読んでれば?」

体を動かせないなら、せめて頭を使うことを、と勧めてくれる言葉です。運動が無理なら読書や勉強を、という発想は、とても自然なものだと思います。

でもME/CFSでは、本を読むことすら、脳のメモリを大量に消費します。文字を追って内容を理解する作業は、体を動かすのと同じか、ときにはそれ以上に消耗するからです。

そして、いちばんつらいのは、本人も「何もできない自分」を歯がゆく思っていることです。その上で「何もしないでいる」という我慢まで重ねなければならない。だからこの一言は、できない苦しさを、さらに上書きしてしまいます。

言い換えるなら:「何もしない時間も、回復のための大事な時間だよ」

今日からできる、ME/CFSの家族の接し方3つ

ここまで読んでくださったあなたは、もう十分に向き合えています。最後に、今日からできる接し方を3つに絞ってお伝えします。どれも特別な準備はいりません。考え方を少し変えるだけで、本人の心はずいぶん軽くなります。

治そうとせず、「信じている」と伝える

家族がしてくれることで、いちばん力になるのは、治してくれることではありません。「あなたのつらさを信じている」と伝わることです。

ME/CFSは、見た目では分かりません。だからこそ本人は、「疑われているのでは」という不安を常に抱えています。その不安が消えるだけで、家にいる時間が安心の時間に変わります。

「治そう」と気負わなくて大丈夫です。「つらいのは分かっているよ」という姿勢が、何よりの支えになります。

「波がある」前提で、予定を立てる

ME/CFSは、調子に波があるのが当たり前です。この前提を家族が共有しているだけで、お互いの負担がぐっと減ります。

具体的には、調子の良い日を基準に予定を組まないことです。良い日にできたことを「いつもできる」と期待すると、できなかった日に本人を追いつめてしまいます。

予定は、いちばん調子の悪い日に合わせてゆるく立てる。約束は「できたらやる」くらいにしておく。それだけで、本人は「迷惑をかけた」と落ち込まずにすみます。


支える家族自身も、こまめに休む

最後は、本人ではなく、あなた自身のことです。家族の心と体が元気でいることが、実は本人にとって何より安心になります。

支える側は、弱音を吐きにくいものです。「自分がしっかりしなければ」と、無理を重ねてしまいます。でも、あなたが倒れてしまえば、本人はもっと自分を責めます。

だから、あなたも遠慮なく休んでください。たまには病気のことを忘れて、自分のための時間を持つ。それは決して、見捨てることではありません。長く寄り添うための、大切な準備です。

なお、接し方はあくまで日々の関わりの工夫であり、治療の代わりにはなりません。気になる症状があるときは、本人と一緒に、ME/CFSに詳しい専門医へ相談してください。

もっと深く知りたい家族のあなたへ

ここまで、本人の心の中と、家族にできる接し方をお伝えしてきました。それでも、「あの子は今日、本当はどう感じているんだろう」という思いは、消えないかもしれません。直接は聞けない。けれど、知りたい。その気持ちは、とても自然なものです。

私はその”その後”を、できるだけ正直に発信し続けています。調子の良い日も、寝込んでまた落ち込む日も。隠さずに書いているのは、同じように苦しむ本人や、その家族に、ひとりじゃないと感じてほしいからです。ご家族にとっては、本人にあれこれ聞かなくても、当事者がふだん何を感じているのかをそっとのぞける窓口になるはずです。

Xで日々の経過を見る

そして、このブログには、本人の状態をもっと理解するための記事がほかにもあります。あわせて読むと、家族として「なぜそうなるのか」が、より腑に落ちると思います。

もし、あなたの大切な人がME/CFSと向き合っているなら、これらの記事を「これ読んでみて」と渡してもらえたら、本人が自分の口で説明する負担を、少しだけ減らせるかもしれません。

完璧に理解しようと、気負わなくて大丈夫です。知ろうとしてくれているだけで、その気持ちはもう、本人に届いています。